2011年8月2日火曜日

「絆」の精神 ~器に託す、復興への思い~        大樋年雄氏

大樋窯変器「尊崇」 
第67回現代美術展常任評議委員審査員出品作品
大樋焼(おおひやき)は、江戸時代初期から石川県金沢市に続く、340年余りの伝統をもつ楽焼の脇窯である。その特色は、飴色の釉薬。11代目にあたる陶芸家・大樋年雄氏は、代々伝わる手法である、ろくろを使わない手びねりによる創作活動を続けている。TEDxSeeds 会議 2009では、世界初の大樋焼実演ライブパフォーマンスを披露して頂いた。

311日の東北大震災後、大樋氏は518日~24日まで、横浜高島屋7階の美術画廊で『絆(きずな)の個展』を実施した。展示作品は約120点。絆・生命を主題に、「祈りの器」、「尊崇」など今回の出品作品はすべて、震災後に制作したものだ。この個展にあたり大樋氏が抱いた思い、また「絆」ということばを選んだ理由、そして今後のビジョンについて語って頂いた。

【「絆」とは、共有、共鳴し合い変化をもたらすこと】
「絆」という言葉から大樋氏が導き出したのは、一人ではなく誰かとともに行動すること。そして、個人的な損得で動くのではなく、それぞれが大事な人に対して抱く思いを共有し、共鳴し合うこと」である。たとえば、東北大震災のために義援金を集める、ボランティアに参加する、あるいは会いたい人を想ったり、亡くなった方のために祈ること。多くの人の心を寄せ合うことで、それがひとつのウェイブを起こし、一人ひとりの物事への意識を変化させるきっかけにもなる。

【言葉を無意味に振りかざさず、まず行動する】
一方で大樋氏は、「絆」という言葉だけがひとり歩きし、乱用されることに懸念を示す。震災直後に歓迎された言葉でも、ずっと聞かされていると、それは理念ではなく、ただむなしく響く、名目だけのものになってしまう」というのだ。「絆」という言葉に本来備わる、正しさ、美しさの意味も、一辺倒に連呼され続ければ、色あせてしまう。地震から4ヶ月あまりが経過した今、大樋氏はそれを強く実感するという。「絆」にとどまらず、「義援」、「節電」、「エコ」といった一般的に「善」とみなされるものに向き合うときの姿勢について、私たちは、本当にそれでいいのかどうか考え直す必要がある。大樋氏の鳴らす警鐘はそこにある。大樋氏の、「絆」という言葉がもつ精神性や基本的なスタンスは、震災直後から今に至るまで、少しも変わっていないという。だが、もともと言葉に備わっている力は、これが大量生産の商品のように流通し、過剰なほど多用されれば、本来の価値を失い、安っぽくなり、むなしい響きになる。

そして私達は誰しも、大樋氏が指摘するように、言葉をやたらに多用することで意味を失うということを知っているのではないだろうか?募金をしよう、支援をしよう、みんな一緒に頑張ろう、という思いやりからの声がけは大変素晴らしいことだ。ただ、口先だけで言葉を連呼し、それが世の中に溢れかえれば、意味は失われていく。復興に向けて歩みが始まり、個人の生活が震災以前の日常に戻りつつある今、311という自然の脅威に晒され、その後原発という人災にあえぐ日本人全体の一体感が喪失し始めている。個人の「利己」が復活の兆しを見せている中、「善」との間で違和感とズレを感じざるを得ない。そこで、今回の展覧会では「絆」をキーワードに作品を創作し、現状を冷静にみつめた大樋氏は、「これからは言葉ではなく、すべて行動で示していく」と力強く、迷いのない口調で語った。その姿勢にはぶれのない覚悟が感じられた。空虚に言葉を叫ぶのではなく、まず行動する。これが一番大切なことなのだ。陶芸家という表現者として、自らが示していくという決意がみなぎっていた。



【ものづくりにおけるプロセスの可視化、作品こそが創作者の生き方】
常に「行動」こそが原点という大樋氏の、ものづくりにかける意欲は、「プロセスの可視化」である。たとえば、先人の作品と、自身が新しく創作した作品、そしてそのイメージのもととなった写真を併せて展示することで、部分的に切り取られた瞬間だけでなく、作品が出来上がっていく過程を明確に伝えていきたいという。創作の発想の原点はどこにあり、何に向かっていこうとしたのか?カタチが出来上がるまでにたどった道を明らかにして見せるということ。これは、「作品=人が創り上げるもの」という大樋氏の創作に対する考え方を如実に示すものである。また、作品はその創作者の生き方の象徴であり、「再現」である。さらに、「伝統の再現・再構築」にも挑戦していきたいという。大樋氏は、十代続く陶芸一家に生まれた。しかし、伝統をただそのまま模倣するのは意味がない。連綿と受け継がれてきた技術や手法に敬意を払いながらも、現代的なエッセンスを取り込み、それによって伝統のもつ素晴らしさを継承していきたいと意欲を燃やす。

今回の大震災に限らず、1989年にサンフランシスコで体験したロマ・プリータ地震(*1)、1995年の阪神・淡路大震災があり、大樋氏の自然に対する畏怖の念はさらに強くなった。同時代を生きる人たちの意識の変化も目の当たりにした。その中で、無理やり昔に回帰するのではなく、等身大の、今の自分を素直に表現すること、自身の生き方を投影することが大切だという。その視線はぶれることがない。現在に立ち会いながら、過去をリスペクトし、そしていつも未来を見据えている。

*119891017174分にアメリカカリフォルニア州北部で発生した地震。地震の名前はサンフランシスコ郊外でサンノゼ市の南にあるロマ・プリータ山付近が震源地だったことによる。マグニチュード6.9。この地震による死者は63人にのぼり、ビルなどの建造物の損傷の他に、高速道路などが倒壊する被害が発生した。


大樋年雄
陶芸家。日展会員•審査員。1958十代大樋長左衛門の長男として金沢に生まれる
ボストン大学大学院にて修士課程取得 (M.F.A.)1998年、月心寺•曹洞宗(金沢)にて得度。得度名は「大玄雄月」上座 2007年、裏千家坐忘斎御家元より茶名「宗炎」拝受ロチェスタ-工科大学客員教授 、台南藝術大学客員教授、金沢大学客員教授、東京藝術大学講師などを務める。建築などのデザイナーとしても活躍。国内外で多数の公開制作、展覧会などの招聘を受ける。作品は世界各国で所蔵されている。97日から13日、金沢香林坊大和。1116日から22日、京都高島屋で個展の開催が予定されている。

   大樋焼本家HPhttp://www.ohimuseum.com/
   大樋年雄ブログ:http://www.ohimuseum.com/blog/



【大樋先生の御講演・個展のお知らせ】

「講演」「個展」予定です。

タイトル:裏千家淡交会鹿児島支部「茶道講演会」 
『危機の時だから支えてくれる文化』 
日時:2011.08.07(日)10:30~12:30 
場所:鹿児島・かごしま県民交流センター 
参加数:600

タイトル:大樋年雄 個展「天命」
日時:2011.09.07(水)~12.04(火)
場所:金沢香林坊大和

タイトル:大樋年雄 個展「天命」
日時:2011.10.05(水)~10.11(火)
場所:米子高島屋

タイトル:日米陶芸展レセプション
当日、審査員として渡米。そして審査講評
日時:2011.10.21(金)18:00
場所:米国ニューヨーク、NIPPON CLUB

タイトル:日展 
審査員出品
日時:2011.10.28(金)~12.04(日)
場所:国立新美術館

タイトル:大樋年雄 個展「天命」
日時:2011.11.16(水)~11.22(火)
場所:京都高島屋


<文責:TEDxSeeds広報チーム